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第十四話 大篆門

ผู้เขียน: 春埜馨
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-10-20 14:59:14

 |師玉寧《シーギョクニン》の背中に乗るという夢のような体験は瞬く間に幻と化し、|墨余穏《モーユーウェン》は無事寒仙雪門に辿り着いた。玉庵へ続く石段を二人で登っていると、一人の弟子が扉の前でじっと立っているではないか。墨余穏は目を細めて師玉寧に尋ねる。

「お! あれは|一優《イーユイ》か? それとも|一恩《イーエン》? あ、もう一人いたな? 確か|一明《イーミン》だっけ?」

「あれは一優だ。一明は、父上の所へ行ってもらっている」

 |師玉寧《シーギョクニン》の下には、見分けのつかない三つ子の弟子がいる。どこで個々を判断しているのか尋ねると、師玉寧は眉の位置と声の違いで判断しているという。|墨余穏《モーユーウェン》はさっぱり分からないといった様子で視線の先にいる一優を見る。

 |一優《イーユイ》はこちらに気づくと、やっと帰ってきたと言わんばかりに目を輝かせ、二人の前で拱手する。

「|師《シー》門主、|墨逸《モーイー》兄さん、お帰りなさい。至急こちらを門主に渡すようにと言われ、ここで待たせていただいておりました」

 |師玉寧《シーギョクニン》は、「分かった」と言って、届いた一通の書簡を|一優《イーユイ》から受け取った。包みを丁寧に開け、中の紙をゆっくりと取り出し、達筆で書かれてあった文字を読む。

 すると|師玉寧《シーギョクニン》の表情がたちまち曇り始め、眉間に皺を寄せた。

「どうしたの? |賢寧《シェンニン》兄? そんな怖い顔して」

 師玉寧は無言で、墨余穏に紙を手渡す。

「何? 読んでいいの?」

 墨余穏はそう言って、紙を受け取り読み始める。

「ん〜っと、どれどれ。師門主殿。甦った|墨余穏《モーユーウェン》がそちらにいると聞いた。至急、墨余穏と話がしたい。三日以内にこちらへ来るよう、本人に伝えてもらえないだろうか。決して悪いことはしない。時間がないのだ。よろしく頼む。|高書翰《ガオシューハン》」

 |墨余穏《モーユーウェン》は|師玉寧《シーギョクニン》の顔を見ながら確かめるように「だって」と笑う。

「どうする? 行くのか?」

「まぁ、そうだね。ここは|賢寧《シェンニン》兄の顔を立てて、行ってくるよ」

「大丈夫なのか? 高門主と仲違いしているのではないのか?」

 |師玉寧《シーギョクニン》は眉間に皺を寄せたまま、心配そうに尋ねる。|墨余穏《モーユーウェン》は笑いながら、ひらひらと手を振り、「平気だよ」とすぐに大篆門へ行く準備を始めた。

 確かに昔は|高書翰《ガオシューハン》を含め|大篆門《だいていもん》の門派の連中からは煙たがられていた。

 特別何かをされた訳ではないが、良好な関係があった訳でもない。大篆門に所属していないのに、大篆門の礎を取り込んだ呪符を使うのは|高書翰《ガオシューハン》にとってはいい気分ではなかっただろう。

 それに、この門主・|高書翰《ガオシューハン》は昔、常に自分と比較される|豪剛《ハオガン》を強く憎み、ある事がキッカケで豪剛を大篆門から追放した張本人だ。

 一体、何を今更話したいというのだろうか?

 |墨余穏《モーユーウェン》は、皆目見当がつかないといった様子で唇を立てた。

「じゃ、俺は行ってくるよ。早く行って早く帰ってくるから」

「もう直、夜になる。何かあればすぐに神通符を飛ばせ。いいな」

「は〜い。じゃ」

 |墨余穏《モーユーウェン》は、|師玉寧《シーギョクニン》と|一優《イーユイ》に手を振りながら、門まで続く石段をまた駆け降りていった。

 |大篆門《だいていもん》は、|尊丸《ズンワン》の住む尊仙廟から近い場所にある。裏手の黄山を抜けていけば直ぐに辿り着く。|墨余穏《モーユーウェン》は乗蹻術を半分使い、大篆門へ急いだ。

 大篆門の大きな門の前に到着した|墨余穏《モーユーウェン》は、松明を持った門番に|高書翰《ガオシューハン》から書簡を貰ったと伝えると、何ら警戒心もなく中へ案内された。

 門番に連れられしばらく歩いていると、前から突然片腕を負傷した男が|墨余穏《モーユーウェン》に向かって|紙人術《しじんじゅつ》を投げ飛ばしてきた!

 |墨余穏《モーユーウェン》は咄嗟にその呪符を躱し、背後からやってくるもう一枚の呪符は人差し指と中指で阻止するように掴んだ。男は「さすがだな〜」と言いながら、|墨余穏《モーユーウェン》の前に顔を見せる。

「久しぶりだな、|墨余穏《モーユーウェン》。動きが|豪剛《ハオガン》そっくりだ。本物で間違いない」

 |墨余穏《モーユーウェン》は、その渋い髭面の顔を見るや否や、小さく頭を下げ拱手した。

「|高《ガオ》門主。お久しぶりです。お話しがあると聞いて、こちらに参りました」

「まぁ、そんな堅苦しくなるな。寒仙雪門から来たんだろ? あっちで温かい茶でも飲みながら話そうではないか」

 そう言われた|墨余穏《モーユーウェン》は何も言わず、穏やかな笑みを浮かべた|高書翰《ガオシューハン》の後ろをついて行く。

 鯉が泳ぐ池の脇を通り、木の板を無数に繋ぎ合わせた橋の上を歩いていくと、手入れの行き届いた庭園を眺められる豪華な客間へ到着した。

「まぁ、そこに座れ。今、茶を用意させる」

 |墨余穏《モーユーウェン》は礼を言いながら、|高書翰《ガオシューハン》と向かい合うようにして、椅子に腰掛けた。

「ところで、どうやって生き返ったんだ? 何かの術か?」

 |高書翰《ガオシューハン》は興味津々といった様子で、茶が運ばれてくる前から話し出す。|墨余穏《モーユーウェン》は、乱用された呪符に自分の魂魄が入っていた為、その影響を受けて甦ったのではないかと話した。

「ほぉ〜。実に興味深いな。余程、お前を死なせたくなかった奴がいたんだな。普通は死ぬと魂魄も離れちまうからな。長生きはできても、甦ることはなかなかできないぞ。あぁ。ありがとう」

 |高書翰《ガオシューハン》は運ばれてきた茶器を受け取り、芳醇に香る花茶を口に含んだ。|墨余穏《モーユーウェン》も出された花茶を口に含みながら、|高書翰《ガオシューハン》の話に耳を傾ける。

「先日、鈴音のを鳴らす昔の馴染みに腕をやられちまってな。|豪剛《ハオガン》から|呂熙《リューシー》という男の話を聞いた事はないか?」

「呂熙……? いや、ありません」

「そうか。あの|豪剛《ハオガン》ですら片腕しか斬れなかった突厥の強者だ。そいつがまた、この界隈に別の突厥を引き連れて姿を現し始めた。そこでだな、|墨余穏《モーユーウェン》。|豪剛《ハオガン》の能力を受け継いだお前に力を借してもらいたい」

「はぁ……」

 |墨余穏《モーユーウェン》は、そんなことか……、と面食らった。てっきり、次こそは能力を全て剥ぎ取って二度と大篆門の術式を使わせないように、監禁されるのではないかと思っていたからだ。

 墨余穏は具体的に何をしたらいいのか|高書翰《ガオシューハン》に尋ねる。

「そうだな〜。|大篆門《だいていもん》に入って俺の右腕にならないか? 昔の馴染みに免じて優遇するぞ。お前、どこにも所属していないんだろう? いつまで散修のまま居続けるつもりだ? このまま|師《シー》門主に世話を焼かせるつもりなのか?」

 |墨余穏《モーユーウェン》は苦笑いを浮かべ、それもそうだと妙に納得してしまった。|師玉寧《シーギョクニン》は、寒仙雪門に身を寄せていろと言ってくれたが、いつまででも玉庵に居候する訳にもいかない。

 しかし、どうしても二つ返事はできなかった。

 この目の前に座る髭面の男は、かつて|豪剛《ハオガン》を追放した人間だ。根本からの信頼がない。

 墨余穏は一つ一つ言葉を選び、上手くこの状況を切り抜けようとする。

「ここに所属させてもらわなくても、僕はいつだって大篆門の礎は胸に刻んでいます。何かあれば助太刀しますし、裏切るようなことはしません」

「ならば、一筆書いてくれ。何があっても大篆門の礎は捨てないと」

 |高書翰《ガオシューハン》は胸元から一枚の紙を取り出し、|墨余穏《モーユーウェン》に差し出した。

 |墨余穏《モーユーウェン》は一瞬戸惑うが、本心だった為、何の偽りもなく誓いを立てるかのように直筆で名前を書く。

「よし、お前はこれでいつでも大篆門の仲間だからな。帰りたくなったら、いつでも帰ってこい。いつでも歓迎する」

 |墨余穏《モーユーウェン》は小さく礼を言うと、|高書翰《ガオシューハン》から大篆門の守護術が入った一枚の呪符を渡された。

「守護術の入った呪符だ。何かあれば、これで私たちを呼べ。直ぐに駆けつける」

 その呪符をしばらく眺めた後、|墨余穏《モーユーウェン》はそれを胸元にしまい、|高書翰《ガオシューハン》としばらくたわいもない会話をした。

「泊まっていけ」と言われたが、丁重に断り|墨余穏《モーユーウェン》は夜遅くに大篆門を後にした。

 皓月を頼りに夜道を歩きながら、|墨余穏《モーユーウェン》は寒仙雪門へ向かおうと乗蹻術の呪符を取り出すが、何の反応もしない。

「ん? 何故だ? 何故反応しない?」

 |墨余穏《モーユーウェン》はもう一度、功力を込めて乗蹻術を念じるが、無反応のまま呪符が落ちていく。

 焦る墨余穏は、違う呪符ならばと違う呪符を胸元から取り出し、手のひらに乗せて浮かせようとするがこれも反応しない。

 神通符ならどうだろうか……?

 |師玉寧《シーギョクニン》の元にこれさえ届けば……

 |墨余穏《モーユーウェン》は一縷の望みをかけて、神通符を飛ばす。しかし、神通符はそのまま紙切れが舞うように、草むらへまたひらりと落ちてしまった。

「はははっ……、まずいな。今ここに、妖魔や強者が来たら戦えないじゃん。|高書翰《ガオシューハン》め……。いい顔しやがって、これがしたかったのか……」

 |墨余穏《モーユーウェン》が怒りのこもった独り言を嘆いていると、背後からリンリンと鈴の音が聞こえてきた。

 (この鈴の音はさっき言っていた……)

 墨余穏は何故か身動きが取れなくなり、ありとあらゆる所に瘀血が出始める。

 術式を封印された今、誰かと戦うことは飛んで火に入る夏の虫だ。|墨余穏《モーユーウェン》は気功を呼び覚まし、瘀血を最小限にとどめる。

「化け物も引っ込む時分に、黒色の鼠が一匹……」

 背後から鈴の音と妙な濁声が耳に入り、|墨余穏《モーユーウェン》は一気に鳥肌が立った。

「鈴の音はやはり幸運もたらす」

 男は獲物を見つけたかのように、|墨余穏《モーユーウェン》の背後にピタリと引っ付き、墨余穏の首を鉤爪でそっと引っ掻いた。ほんの少し触れただけなのに、墨余穏の首からは瞬く間に血が滲み出る。

 墨余穏は首元を抑えながら、声を絞り出した。

「お前は……、|呂熙《リューシー》か?」

「御名答。後世まで名前が知れ渡っているとは、さすが博学多才な天台山だ。昔より衰えたとはいえ、張り子の虎ばかりではなさそうだな」

 |墨余穏《モーユーウェン》は鼻で笑いながら|呂熙《リューシー》を一瞥する。

「さてと、その睨み節もここまでだ。お前を殺して私は次に行かねばならない」

 呂熙は鉄のような鉤爪を更に尖らせ、鉤爪同士を重ね合わすかのようにキンキンと鳴らし、次は|墨余穏《モーユーウェン》の首全体を狙い、鉤爪を横に振り翳した!

 絶体絶命だと墨余穏は目を瞑る。

 しかし鉤爪があとほんの少しで墨余穏の首に突き刺さるというところで、|呂熙《リューシー》の鉤爪がバリバリという音を立てて、一瞬で凍りついた!

 墨余穏は瞑っていた目を開き、瞬きをすると、首元に青い線が入った白い衣の男を捉えた!

「|賢寧《シェンニン》兄!!!」

 |師玉寧《シーギョクニン》は|墨余穏《モーユーウェン》を庇うかのように目の前にいる|呂熙《リューシー》から、距離を取らせる。

 呂熙は顔色を失い、溜め息を漏らした。

「ここに来て白い鼠か……。すまないが今日はもう時間がない。門主とはまた手合わせすることにしよう」

 |呂熙《リューシー》はそう言って、また|阿可《アーグァ》の時と同じように、抜け殻だけを残して去っていった。

 すると、|師玉寧《シーギョクニン》は、怒りを帯びた顔で|墨余穏《モーユーウェン》の方を振り向く。

 それを見た墨余穏は「ごめん」と言おうとするが、「ご」を言う前に、頭の中が真っ白になった。

 突然、師玉寧に勢いよく抱き寄せられ、血が滲み出ていた首の傷口を舐められたあと、キツく傷口を吸われたからだ。

 唐突な出来事に声も出ず、ただひたすら湧き上がる興奮と痛みを我慢するしかなかった。少しでも動こうものなら、師玉寧の恐ろしい腕力で身体を力強く固定される。まるで、大木に押しつぶされているかのようだ。師玉寧の唇が首に触れる度、墨余穏は全身に走る電流のような刺激に、思わず「んんっ……」と恥じらいの声を漏らしてしまう。

 |師玉寧《シーギョクニン》はそんな|墨余穏《モーユーウェン》の感情など露ほども知らずといった様子で、口に含んだ墨余穏の血を吐き続けている。

 そして、十回ほど吸われたところでようやく解放された。

 墨余穏は師玉寧に酔眼のような目を向け、まるで事後のような乱れた呼吸をする。

 顔がとても近い……。

 汚してしまったその淡い丹花をすぐにでも拭いたいと、|墨余穏《モーユーウェン》はその丹花に触れようと手を伸ばす。しかし、|師玉寧《シーギョクニン》はそれを上手く躱すかのようにふと離れた。

「応急処置だ。あいつの鉤爪には毒がある」

 |師玉寧《シーギョクニン》はそう言いながら、衣の袖で赤く汚れた唇を拭った。

 そして怒り口調で墨余穏を責め始める。

「何故、神通符を飛ばさなかったんだ? こんな時間まで何をしている!」

「ご、ごめん。|賢寧《シェンニン》兄。そんな怒んないでよ。大篆門を出たら術が使えなくなったんだ。それで、帰ろうにも帰れず、とりあえず尊仙廟まで行こうと思ったらあいつに出会して……」

「術が使えなくなっただと?!」

「うん。一筆書かされたから。その時に多分封じ込められた」

 |師玉寧《シーギョクニン》は、何をやっているだと言いたげに深い溜め息を漏らした。

「安易に名前を書いてはいけないと教わっただろう。後は何をされた?」

「うーんと、これを持っていろと言われて渡された」

 |墨余穏《モーユーウェン》は胸元から、|高書翰《ガオシューハン》から貰った呪符を取り出した。

 |師玉寧《シーギョクニン》はそれを一瞥し、「今すぐ捨てろ」と言い放った。

「それは、お前の居場所を把握する為の呪符だ。高門主に見張られているということだぞ。……本当にお前は警戒心が弱すぎる」

「ごめん……」

 |墨余穏《モーユーウェン》は困り顔で癖のように唇を立てた。それからというもの、墨余穏は少年が母親に叱られるかの如く|師玉寧《シーギョクニン》から長々と説教を受け、寒仙雪門に戻ってからは、首を絞められるのではないかと思うぐらい傷口にキツく包帯を巻かれた。

 そして、終いにはあの苦い一葉茶を三杯連続で飲まされる羽目になり、墨余穏は一人、吐き気が治るまでしばらく外の草むらで過ごしたのだった。

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ความคิดเห็น (1)
goodnovel comment avatar
Eve郁
今回も楽しく読ませていただきました〜!! まさか、あんなっ……!!🫣🫣ノーガードの時に急にブローを決められた気分です...(墨余穏くんは、もっとびっくりしたはず) なかなか、やりますな……玉寧さん... なんか癖の強そうな敵キャラもでてきて、ますます目が離せませんー!! また次回も楽しみにしてます...
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    翌日の追試は、|師玉寧《シーギョクニン》から受けた手解きも相まって、|墨余穏《モーユーウェン》は無事満点で合格した。 合格者はすぐに符門善書を元に、実際の呪符を使った実践項目へと進む。 呪符の扱いに関して、|墨余穏《モーユーウェン》は自信があった。幼い頃からおもちゃのように扱い、|豪剛《ハオガン》の知識を全て受け継いでいるからだ。 しかし、皆の鑑である|師玉寧《シーギョクニン》と道術を競う項目では、どれだけ強力な呪符を書いても、どれだけ武術を駆使したとしても、|師玉寧《シーギョクニン》の驚異的な能力には敵わなかった。 ある日|墨余穏《モーユーウェン》は、どうしたら|師玉寧《シーギョクニン》のように強くなれるか、本人にそれとなく聞いてみた。 すると|師玉寧《シーギョクニン》は相変わらずの仏頂面でこう答えたのだ。 「己の弱さを認めれば強くなれる。誰かを真似た強さは偽りだ」と。 |墨余穏《モーユーウェン》はずっと、誰よりも強いと思っていた。 弱さを認めるなど、師範への冒涜に過ぎない。 |豪剛《ハオガン》のような強い者に倣えば、自分もそうなれると信じ、勝手に思い込んでいたのだ。しかし、誰かのようになりたいという、際限のないその貪欲こそが弱さを生む。 |師玉寧《シーギョクニン》はもう一つ大切なことを言っていた。 「強さを量る基準は悪をどれだけ倒せたかではない。守りたいものをどれだけ守れたかだ」とも。 |墨余穏《モーユーウェン》は、|師玉寧《シーギョクニン》の言葉を聞いてしばらく人と距離を置き、自分を見つめ直す時間を作った。 残り半月になったある日、最終項目である水中呪符を用いた実践を行う為、一同は天台山から少し離れた清流湖へ向かっていた。 しばらく歩くと、青く澄んだ真っさらな湖面が見え始める。 |墨余穏《モーユーウェン》は、世の中にはこんな綺麗な湖が存在するのか! と、己の見識の狭さと感動を同時に体感した。 隣にいた|張秋《ジャンチウ》と少しばかり話していると、|道玄天尊《ドウゲンてんずん》の側近であるという|深月師尊《シェンユエしずん》がやってきた。 物凄い長身であると噂では聞いてはいたが、|師玉寧《シーギョクニン》よりも精悍な男で、まるで壁が立っているかのような存在感を醸し出している。 「さぁ、今日は

  • 天符繚乱   第十話 天流会 (座学編)

     |道玄天尊《ダオシュエンてんずん》は、高級な絹の|裳《も》を引き摺って登壇する。「皆、無事に到着したようだね。疲れてはいないかい? 私は皆の顔が見れないけれど、皆の内丹の気を頼りに見ているよ。私はここの長を勤めている|道玄《ダオシュエン》だ。本日よりふた月ほど、皆の成長を見させてもらうね。まずは皆、自己紹介をしてくれるかな?」  |裳《も》と同じような滑らかな声に、柔和温順な雰囲気が重なると、赤ん坊を見ているかのように癒される。 包帯に巻かれた少し窪みのある目の枠から、慈悲深く憐憫のような眼差しを感じるのは何故だろう。 |墨余穏《モーユーウェン》は、しばらく|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》の不思議な力に見惚れてしまい、他の修士たちの自己紹介は耳に入ってこなかった。 自分の番が回ってきていることにも気づかず、そのまま道玄天尊を眺めていると、隣にいた|張秋《ジャンチウ》に肩を突かれた。「|墨逸《モーイー》、ねぇ、|墨逸《モーイー》。君の番だよ。自己紹介」 |墨余穏《モーユーウェン》はハッと我に返り、机にあった筆を床に落とすほどの慌てぶりで、自己紹介を始めた。 |墨余穏《モーユーウェン》の自己紹介が終わり、残り三人の自己紹介が終わると、さっそく座学で使用する分厚い道教経典と天台山の符門善書が配られた。 話しを聞いていると、どうやらこの経典に付随する符道の座学をこのひと月で、残りのひと月は道術、内丹の強化、実践という流れになるらしい。 それにしても、この経典の分厚さ……。 親指の半分ぐらいはあるぞ……。 |墨余穏《モーユーウェン》はパラパラと紙を捲りながら目を細める。「さて、皆の前に揃ったかな? ここには特殊な能力を持つ修士たちが軒並み揃っているからね、さっそく鍛錬の一環として、このひと月でこの符門善書を全て暗記してもらおうと思う。七日過ぎるたびに採点も行うからね。皆の力を信じているよ」 (げっ……、採点?) |墨余穏《モーユーウェン》は目を更に細め、大きく息を吐く。 本殿が溜め息に包まれる中、陽だまりの中で咲く花のように|道玄天尊《ダオシュエンてんずん》は温かな笑みを湛えながら、上座の席へ腰を下ろした。  しばらくすると、背後にある出入り口の扉が音を立てて開いた。二人目の講師の登場だ。 一斉に向けられたその視線の先には、眩いほ

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